今朝の新聞の「季語刻々」という欄に、《行く春や輪ゴムのごとく劣化して》という俳句が載っていましたが、本当に今年のお花見は新型コロナウイルスの感染拡大で、開いた桜が人目に映ることも少なく寂しく散ってしまいました。
それでも五月になると、葉桜になりコロナ禍なんか、なんのその。
緑が美しく鮮やかに映え、旭川の土手の散歩道を歩く私のほほを、額をさわやかな風が過ぎてゆきます。
思わず身も心も伸びるようです。コロナなんぞに負けぬぞと。
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わたしは小さなギャラリーを営んでいますが、外出自粛の宣言が出ているにもかかわらず、営業することにいささか悩みました。
店は繁華街から少し離れた交通の不便な住宅街にあり、おまけにギャラリーという「不要不急」な業種のため、常日頃から来客も思いのほか少なく十分三蜜を避けることができると思い、 入り口に消毒液などを完備し営業を続けています。
が、緊急事態宣言が出され、外出自粛が求められている昨今、後ろめたい気持にもなります。
来客はほとんどありませんが、ギャラリーはつくられた作品の発表の場、作家さんの努力に報いるため三蜜に注意して開いています。

おいでになるお客様の中には、
「美しいものを見たり、作品に囲まれて時を過ごすと、とっても和むわ。寄せていただいてよかった。気分が落ち着きました。」と話してくださる人。
「着いたとき、さとうの駐車場に車が三台もあったので車の出るのを待って入ってきたのよ」と、自ら三蜜を心がけて店にお入りになるお客様などがあり、とても感激しました。

こういった温かいコミュニケーションができるのも、店を開いていたおかげだと、嬉しく思うと同時に勇気もわいてきました。 感性を豊かにすることであたたかい人間関係もはぐくまれるのは確かなようです。

コロナウイルス感染拡大がやがて収束しても、当分の間、その後遺症も続くことでしょう。
コロナウイルスと闘う医療が崩壊しないか、人々の暮らしの保証は、など多くの問題が山積している中で、人々が幸せを感じる社会となるための胆力も時に必要だと思うのでした。
一日も早い終息を心から祈っています。